優しさが欠如した議会の傍聴席。形だけの開放に何の意味がある?

未来拓く、みうらひらくです。
半分以上が優しさでできている、みうらひらくです。

当ブログでも何度か取り上げた熊本市議会議員の議場への赤ちゃん連れ込み問題により、議会の傍聴そのものに興味を持たれた方もおられたようです。

赤ちゃんは傍聴人?とにかく優しくない、旧態依然としたルール。

2017.12.02

世間的には避けられがちな政治ネタを日常的に発信している私のような者はともかく…多くの方々にとって議会を傍聴に行くのはハードルが高い行為でしょう。そもそも面倒だというのも事実でしょうが、選挙に行くことの重要性を理解してくださっていれば、議会で話していることの大切さも理解できるハズです!

私の住む津山市の議会を例に考えましょう。ちょうど昨日、我々が傍聴可能な一般質問が終わったところです。このところ私も足を運べていませんが、実際出かけてみると大きな問題に気づきます。

議会にはユーザーフレンドリーさのカケラもありません。

フレンドリーではないのは傍聴席に着く前からですが、いざ傍聴しはじめてみても同じです。

議場で実際に遣り取りをされている市執行部の皆さん&議員の皆さんは、資料を手元に用意された上で、様々な議論を行っています。しかしながら傍聴人にはそういった資料の類が一切用意されていないため、議論されている内容をリアルタイムで追っていくのには限界があるのです。特に数字に関してはサーッと流れていくため、超絶な記憶力か速記能力でもない限り、把握できません。

あれ?傍聴人はユーザーじゃないの?

ご存知ない方が意外と多いことですが、一般質問の場では基本的に全ての質疑応答が前もって遣り取りされています。つまり質問・答弁は用意された書面を読み上げ合って終了というのがザックリとした流れです(少し乱暴ではありますが)。それゆえにセレモニー議会、八百長議などと揶揄される由縁となっているのです。もちろんコレは津山市に限った話ではありませんが。

誰に対して優しいのコレ?

話の流れや結論(出ないことが多い印象ですが)をある程度理解することができても、正確な数字を追っていけない現状は、議論の中心となるべき問題を非常に曖昧としたものにしかねない危険性をはらんでいます。

裏を取ったわけではありませんが”中の人”に聞く限り、周辺市町村議会や県議会では資料は用意されていることも多いようです。いずれにせよこうした点を改善していただければ、論じられている内容を理解しやすくなるとともに、市議会傍聴人の増加にも繋がると考えます。

何しろ現状では、どうせ傍聴に行ってもボーッと見てるだけになっちゃうもん、一回行ったらもうイイや…って方も出てきかねません。ひょっとしたら既にそーゆー人もある程度いらっしゃるかも。

その場で今まさに論じられている内容を把握できないのに、傍聴する意味ある?

開かれた議会の実現…それにはまず、傍聴に行きたいと思えるような議会にしていくことが大切なのではないでしょうか

本日はこんなところで。また明日!

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