医療の話なのに政治の教科書?意思決定と合意形成とケアを叩き込まれた研修潜入日誌二日目、濃く長い一日!

未来拓く、みうらひらくです。
津山市議会議員、三浦ひらくです。

大阪は金蘭会高校にて何ちゃって講義?レジェンド福嶌敎偉先生の講義の後に、世界一優しい愛娘の話を紹介。

2026-02-21

本日は、昨日の記事で書いた移植医療・臓器提供に関する研修の二日目でした。本日の私は登壇者ではなく、イチ参加者として潜り込ませていただき…現場の最前線で活躍されているプロフェッショナルの皆さまに混じって勉強させていただきつつ、ドナー(臓器提供者)家族というオブザーバーの立場で、所感なども少し述べさせていただくなど…本日も福嶌先生をはじめ、皆さまにご配慮いただきました。

結論から言えば、今日の内容も「医療の話」だけでは終わらない…議員としても、参加させていただいた意義を非常に強く感じられる時間になりました。

意思決定と合意形成…そして”ケア”の重要性。

議員の職業病のようなものかもしれません。ただ医療従事者の皆さまは、命を救うという目的のために全力で努められている方々です。住民の命や健康、財産を守ることは政治の最も大きな役割と言えるでしょうから、共通点があって当然だとも思います。今日のお話の中では、政治にもそのまま当てはまるなと、何度も頷く機会がありました。

昨日も触れたように、研修会の内容詳細を綴ることは不適切だと考えますので控えますが、昨日の表現ではフワッとし過ぎていたかなと自分でも思うし、イメージをお伝えする程度なら構わないと考えますので…所感等を記したメモも頼りに、サックリとまとめてみます。

現実を伝えることからしか、選択は始まらない

救急・集中治療の現場で避けて通れない「終末期医療の意思決定プロセス」についての話の中で、最初に胸に刺さったポイントは、「回復不能(死を含む)」の説明を避けたまま治療を続けるのは、本来の医療からズレる。まず現状と見込みを説明し、その上で治療方針を家族と決めるのが基本」だという考え方でした。

かつてガンの告知なども積極的になされなかった時代があったわけですし、今でもこの姿勢が全ての医療者に徹底されているとは感じませんし、もちろん例外もあるでしょうが…ここでは激しく頷いていました。意思決定が不可能になる前に、元気な間から意思を確認しておくことの大切さや、人生には予期できないことが多いからこそ、日頃からコミュニケーションをとっておくべきという論立ては、前日の私たちの話とも共通するところです。

そして救急・集中治療の「終末期」判断は、独断が最も危険であり、複数医師・多職種で客観的に判断し、説明・合意形成・記録まで含めてプロセスで担保していくという流れは…もはや民主主義の考え方、議会で行われている審議過程そのもので、この”独断を避ける仕組み”は、政治の世界でも同じように守られないと危険だと改めて思いました。

「正しいことを言っているだけでは、相手は理解できないことがある!」

このフレーズもメチャクチャ響きました。常々言い続けてきていることでもあるからこそですが…正しいことを、わかりやすく、相手を見て語る必要がある…この姿勢は医療者だけでなく、政治家にも突き刺さります。

とゆーか…これが、人間関係の基本なのだと思います。

リアルを知っているからこそ…感情移入者続出のシミュレーション

午前中の福嶌先生の講義の後、午後から行われたのは会場参加者、オンライン参加者双方が入り乱れて取り組まれた朗読劇のごときシミレーションがありました。今までは座って聴くだけの講義でしたが、このコマは聴講者自身がそれぞれにその場で役割を与えられて、台本に沿った形で、小児が事故にあった際の両親への状況説明から、臓器提供に至り、最終的には摘出手術を終えるまでの流れを、台本をもとに実際に声を出しながら演じていくという試みでした。

これが大変に凄まじかったです。

福嶌先生ご自身が準備された台本は、先生でなければ書けないであろうと思われるほどにリアリティーに溢れる内容で、実際に取り組まれた皆さまも、恐らくはご自身の経験なども相まってでしょうが、感情移入されて、涙でセリフが詰まってしまうような方が続出…そして果たして私自身も無事に(?)、涙と鼻水でポケットティッシュを大量に消費してしまうことになりました。

この朗読体験は多くの方にしていただきたいなと感じました。

ちょっと改めて福嶌先生に相談してみようかな…医療者の皆さまにとっても、このシミュレーションは状況判断能力育成などの観点からも非常に意義深い経験となることは間違いないと思いますが…一般の皆さまにとっても、移植や脳死というワードのリアルな一面を知っていただくための極めて有意な取り組みだと思えるからです。例えば市民公開講座などでも行う価値があるアプローチだなと、強い感銘を受けたところです。素晴らしい経験でした。

続いて、大阪府外の総合病院に勤務されている看護師の方から、院内の臓器提供対応と家族ケアの取り組みについての詳細な報告があり、実際に小児の臓器提供に至ったあるご家族のケースをもとにしたお話を伺うことができました。院内の理解者を増やしていくという環境整備に腐心されてきた経緯や、紆余曲折ありつつも現在では「すべての患者さんに臓器提供意思表示をしているか確認している」という状況にまで持っていかれた熱意に触れ、こちらでも非常に印象的な話を伺えたと思っています。

家族サイドに立って共感的理解で信頼関係を築く医療者のあり方からは、政治家にも求められる寄り添いの姿勢が強く感じられました。

何より印象的だったのは、家族ケアの生々しいリアル。

ドナーとなり得る患者の家族は、極限状態で時間感覚が変容し、非現実感の中にいる。過覚醒で覚えていないことすらある。離人感、失見当識…そういう状況下で「正論」をぶつけても届かない。むしろ関係を壊すことになる。

こうした状態は私自身も身に覚えがあります。

だからこそ大切にしている、極めて大きな困難に向き合って混乱している方との向き合い方を、非常に明瞭に言語化、整理してくださっていると感じ…大変に参考になりました。

家族対応・グリーフケア等で皆さまが取り組まれている役割は、いじめ被害者や不登校・長期欠席の子どもたちと家族、学校関係者、教育委員会の間で調整に奔走する自分の仕事とも共通点が多いとも感じたからです。相手が極限のストレス下にある時ほど、理解の通路を開くのは実は”説明”ではなく”関係”であることが多いようにも感じています。

”納得できる形”での情報提供の重要性を再認識しました。

福嶌先生の講義の中でも何度も登場していた、家族と医療者の間を繋ぐ橋渡し役として、メディエーターなる立場の役割が示されていました。中立的な立ち位置で対立する両者の間で対話を取り持つ仕事は、政治の現場でも不可欠ですし、私自身も「自分にできることがある」と感じられた論点でした。

臓器提供は”一期一会”

言われてみたらその通りですよね…人生で一度きりの出来事として、相手に精一杯の誠意を尽くす姿勢も深く心に残りました。

そして、「自分のことを忘れたら、人のことをケアできない」というセルフケアにかかる話も、非常に重要だったと思っています。支える側が燃え尽きない仕組み、心理的安全性(スタッフが意見を言いやすい環境)を担保することも、現場を持続させる条件だと整理されていましたが…これまた医療現場だけでなく、行政現場、教育現場、もっと言えば議会の現場なども含めたあらゆるシーンで、心を病むことがないような環境整備が進められなくてはならないと強く感じます。

締め括りは、ゲスト講師・荒木尚先生による講義

福嶌先生が移植医療の世界のレジェンドであることは昨日の記事でも触れた通りですが、その福嶌先生が初日の講義の中で、小児の牛対応可能の現状を変革させた先生の一人として紹介されていたのが、荒木尚(あらきたかし)先生です。

荒木先生は海外の事例なども引きながら、非常に多岐にわたるお話を聞かせてくださいました。恐らくはそれまでの講義の流れなども把握された上で、あえて仕組みの話をなさったのかなと受け止めています。私の表現に語弊があるかもしれませんし、そもそもの理解が誤っているかもしれませんが…私としては、現場の重みを踏まえた上で、できる限り個人依存を脱して医療の全体の質を向上させていくための、「体制」と「標準化」を論点にされていたような印象も受けました。

これは初日の福嶌先生のお話や…懇親タイムでご一緒させていただいたグリーンリボン推進協会の大久保道方理事長のお話などからも強く感じていたことですが、臓器提供・臓器移植・移植医療といった取り組みは、個別事例の積み重ねから学びを抽出し、次世代に継承する領域(経験知の保存が重要)だなということを改めて示していただいた気がしています。もちろんこれは、他の医療や他の学問等にも言えることでもありますが、特にその性格が強い分野だなと強く再認識した次第。

ここは政治の世界でも同じだよなぁと思うような、組織や仕組みの中での問題点への示唆深いお話などもありつつ…家族対応の難しさ、法・倫理の解釈、脳死判定への不慣れ、虐待除外の運用などが整理されました。

特に虐待除外は「できない理由」になりがちだが、日常的に児相等と連携している施設ほどクリアできていると整理され、平時から備えることの大切さが強調されていたように思います。児童虐待案件には津山市議会議員の中で最も取り組んできている自負がありますが、”事件が起きてから考えるのでは遅い”という話で、行政の危機管理にも通じるなとも感じました。

さらにポテンシャルドナーがいても、連携や調整能力(警察対応等も含む)により結果が左右される現実があるという指摘、「臓器提供件数が多い都道府県は、コーディネーターが警察とうまくやっているのでは」という示唆は言わば、”地域間格差を感じさせる問題提起”でもあり、地方議員としても看過できないものを感じた次第です。

二日目を終えて刺さったこと

今日一日を貫いていたのは、結局これだったかなと思います。

亡くなり方を決めるのは患者本人または家族であって、医療者ではないからこそ、意思決定不能になる前の対話(ACP)が重要。

そして、極限状態の家族には”正論だけ”では届かないということも超重要な論点だったと思っています。

人を相手にする以上、「制度」と同じくらい「関係」と「ケア」が必要だってこと。

これは政治にもそのまま当てはまるように思います。

制度を語るだけでは、救われない人がいる。正しいことを言っているつもりでも、相手が受け取れない状況である場合もあるし…そもそも伝わっていないこともある。だから政治家は、正しさを掲げる以前に、目の前の人を見て、わかる言葉で、納得できる形に翻訳し続けなければいけないのです。今日もまた、精進せねばと思える時間を過ごさせていただきました。

家族がバラバラになりかねない局面での調整、グリーフケア、橋渡し役(メディエーター)の重要性は、私が日々向き合っている教育や福祉の現場とも地続きでしたし…改めて自分の目指すところも確認できたような気がします。得た学びを、移植医療の推進に関わる一人としても、議員としても、きちんと”次に繋がる形”にしていくことを宣言しておきます。

会の終了後、懇親会的な感じで目の前に一人一つの鍋が用意されたしゃぶしゃぶ専門店に連れて行っていただきました。そもそもしゃぶしゃぶなどという料理をいただいたこと自体が人生の中で数回しかないような私ではありますが、食べたことがない美味しさで大満足で最高でした…ご馳走様でした!

ちなみに…上の方に時間割的な写真を貼り付けましたが、福嶌先生…完全に無視して、午前中など9時から昼までぶっ通しでした。

そんな体力も集中力もヤバい先生をはじめとした皆さまのオンオフの切り替えの素晴らしさにも敬意を抱きつつ…帰って夜中にも仕事をしたオンもオフもない私。その直前にうっかり立ち寄ってしまった(?)お店で、「信じられないようなイナカマチから来てるんで記念に一枚よろしくマ」って撮影した写真が本日のアイキャッチ画像。圧倒的コミュニケーション力(?)を発揮して初対面の皆さまにご一緒いただきました。

本日関わってくださった全ての皆さま…有難うございました!

本日はこんなところで。それでは、また明日!

三浦 ひらく

三浦 ひらく -PROFILE-

世界を暮らしやすく楽しく変えるため、相棒ひらくマと一歩ずつでも現状改善していくために日夜ハゲむ、1978年生まれの岡山県津山市議会議員。選択肢の多い社会を目指し、政治も手段の一つと捉え、地域振興、多様性理解促進、生きづらさ解消、表現の自由を守るための活動、インフルエンザ脳症撲滅、臓器移植意思表示推奨などをライフワークとして活動している。