未来拓く、みうらひらくです。
思い込みって怖いですよねぇ。
人生で思い込みによる失敗がない人なんていないと思う。
…というのも、思い込みだな。
当たり前だと思い込んでいること、既成概念も疑ってかかるべし…的な主張を、当ブログでは何度もカマしております。
先入観を捨てて、物事を判断してみることが大切ってこと。
ブログに書いたり口で言うのは簡単だけど、実際にはなかなか出来ることじゃない。
無礼者が嫌い。
多分これは父親の影響が大きいのだろうと勝手に思っていますが…礼儀がなっていない者は、人として気に入らない。
コレも立派な既成概念だよね。
しかも重要なのは、たとえば礼儀の定義だって…人によって実は意外に違うということ。
挨拶するべしとか、目上の人を敬うべきなんてことは、それこそ結構ベタな話だけど…。
例えば、初対面でも全く敬語を使わない人なんかもいる。
それはそれで自由なんだけどね。
明らかな年長者は別に良いやって思うけど…明らかな年少者だと、何コイツって感じてしまうのも正直なところ。
別に年取ってるだけで偉いとは思わないけど、そう感じるのも事実なのです。
まぁ無礼者の例を出しても、話した方も聞いた方も不快になるだけで誰も得しないので…これ以上あえて出したりはしないが、やっぱり無礼者は損をするだろうな。
くたばれ既成概念、をスローガンに掲げ…様々な活動のベースにしている私ですが、礼儀がなっていない奴もくたばれって思っちゃうってことですわ。
無礼と生意気は、似て非なるものだと思うのです。
面と向かって、言いたいことを正直にぶつけてくるタイプ。
そういう相手は嫌いじゃない。
むしろ結構好き。
ハッキリ言って敬語とかも、どーでも良くなる。
そういう…何というか気持ちのいい相手であれば、細かいことでは無礼と感じなくなるってこと。
無礼な奴ってのは、正々堂々とはしていないのですよ。
つーか、正々堂々としていない奴が無礼なのですよ!!
…というのが私の個人的な見解であります。
生意気な自分を自己肯定しただけという噂もありますが。
このように、無礼と感じること一つとったって…個人の中というか、私の中ですら矛盾が内包されているものです。
人間なんて矛盾だらけ。
そこも含めて、いろんな人がいることを知っておかねばならない。
受け容れ難い人や、理解できない考え方も存在する。
それは当然です。
みんなちがって、みんないい。
それは確かに一つの理想かもしれない。
前半部分には超同意。
みんな違うもんね。
でも、後半部分には賛同できん!!
真の多様性の容認の実現のためにはッ!!
感じるがまま、あるがままをぶつけあって議論をすることも必要です。
認められないと感じるモノやコト、ヒト。
そういう対象があったって、いいんじゃないの。
認められないから排除しようってのは安直だけど、現実社会ではそういうことは起きまくっている。
スルースキルが足りないのよね…俺も。
結論。
みんなちがって、あたりまえ。
それを理解した上で、どう判断して行動するかは各人の自由ってこと。
自分自身を認められないようじゃ、他人を認めるなんてことはできないと思うYO!!
それでは本日はこんなところで。
また明日!!