血の気の多い男が献血してみた。理由など”何となく”で十分だ!

未来拓く、みうらひらくです。
血気盛ん…むしろ血の気が多い男、みうらひらくです。

一昨日は津山市消防団の操法大会があったのですが、まさかの雪模様。というか雹(ひょう)というか霰(あられ)のようなものが降りました。晴れるタイミングもあったものの…とにかく、桜が散ってからこんなに冷え込むことがあるなんてと思われる時間帯の多い寒い一日でした。

そんな中、人生初献血をしてきました。

さ、寒さから逃げようと思ったわけじゃないんだからねッ!

ご存知の人も多いでしょうが…献血された血液は高い値段で売買されますそこには様々な理由があります…現実として、血液にも値段が付けられていることは間違いありません。時と場合によりますが、その価格は当然、ジュースやお菓子といった献血者が受け取る対価(?)に加えて、諸々のコストを考慮したとしても…十分なお釣りが出る設定です。

血気盛んな者が数多く集う場では、献血…つまりボランティアではなく、買ってくれたら良いのになという話で盛り上がっているメンバーもいました。思考プロセスとして理解できる話です。臓器売買あたりに繋がりそうな危険性は感じますけどね。

実際問題、日本国内で売血が行われていた時代を記憶しておられる皆さまもおられることでしょう。友人が白血病に罹患した際に血液について調べたことがあり、売血についても多少の知識を持っていた私ですが、献血自体はする機会がありませんでした。

その主な理由は”何となく”でした。

自分の血液が誰かの体内に入るということに、若干の抵抗があったのも事実です。

かつての自分は”何となく”を非常に大切にしていました。

自分の中のセンスやセンサー、感覚のようなもので違和感を感じ取った対象については、不合理であると思われても排除していたのです。しかしその”何となく”という根拠を、最近は疑って掛かるようにしています。

だからこそ逆に、”何となく”献血してみました

”何となく”嫌いであることや”何となく”避けてきたものに対して、勇気を出してアプローチしてみるキッカケもまた”何となく”で十分ではないでしょうか。理由は問題ではないのです。大切なのはやはり結果であり…献血に関して言えば、献げた血が必要としている人の元へ間違いなく安全に届き、正確に使われることでしょう。それにはコストが掛かるのは当然のことで、現在の制度にはある程度の合理性があると自分は感じています。

食わず嫌いはもったいないぜ!

自分が”何となく”踏み出した一歩が、自分自身だけでなく誰かにとっても大きな一歩になるかもしれません。

別に献血に限った話ではなく、そうした可能性のあるシーンは日常に溢れているような気がするのです。ほんのちょっとした言動で、自分以外の誰か役に立てることがあると感じる今日この頃なのです。

ほんの少し、考えて動いてみるだけでね。
それでは本日はこんなところで。また明日!

三浦 ひらく

三浦 ひらく -PROFILE-

1978年岡山県津山市生まれ(41歳)。
大学進学を言い訳にミュージシャンを夢見て上京し、東日本大震災を機に政治を志し帰津。2015年津山市議会議員選挙に出馬。しがらみのない政治の実現を目指し挑むも次点にて落選。その後岡山県鏡野町にて自治体の魅力発信や交流人口増加のための事業に携わる。2018年末よりあたらしい党に参加し、郷土の未来を切り拓かんと奮闘中!

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