喧嘩っ早い男が血の雨を降らせる!小うるさい悪の力も利用せよ。

未来拓く、みうらひらくです。
すぐキレると言われることは減りましたが…売られた喧嘩は基本買う派、みうらひらくです。

次から次へとよくアイデアが出るなと言われることがある。だがハッキリ言って、アイデアを持っている人はいくらでもいる。

俺の周りには掃いて捨てるほどいるぞマジで。

おいでよブタさんウサギさんキツネさんにゾウさん

みんなでたのしくうんぱっぱのぶんぶん

どんなに優れているように思われるアイデアでも、結局のところ大事なのは実現できるか否かだ。だって実際に実現できなきゃアイデアなんて存在しなかったも同然だし…むしろ費やしたコストを考えると存在しなかった方が良かったなんてケースもあるかもしれない。

自分では何も考えないというのも自由だ。考えたくなきゃ考えなくても良い。

それに事実、考えるのに向いていない人もいるだろう。もっと別なことが得意な人もいる。それらは全て個人差という名で厳然と存在する個体差だ。別にどっちがどうとかって話ではない。俺は考えたいから考えて、発信したいから発信しているだけのことだ。

最も問題なのは別の種類の人たちだ。

何も考えないで文句だけは何人前も言う人たち。

文句を言う自由は誰もが等しく有していると思うが…問題なのは文句を大声で言う人に限って、大きな決定権を持っていることが多く、何だったら考えを盗み取る術にも長けているという事実だ。要するに自分の手柄にするのが得意な人たちの話である。

彼らは存在自体が集団の価値を下げる可能性に満ちた悪だ。モチベーションに溢れた小さな力たちの成長の芽を摘むテクニックなど、集団にとって不要な能力でしかない。

だが、そんな彼らにも優れている点がある。

その絶大なる影響力である。

彼らはその影響力の強さゆえに決定権を有し、それに比例してかどうか知らないが声もデカい。もはや鶏が先か卵が先かの話であるが、事実は事実。

その勢力図をひっくり返そうと努力するのも良いだろう。

だが、勢力図をひっくり返すこと自体が目的なのかい?

目的はもっと具体的な”実益”ではないだろうか?

目的達成のため、彼らをも利用してやれば良いんじゃない?

多少気に入らないところがあったとしても、それは当然の話だ。世のカップルやコンビ、二人以上でも別に良いや…チーム等を見てみなさい。

相方やメンバーのことが好きで好きで仕方ない人たちもいるだろうが、不満や嫌いなところの一つ二つがなければ不自然だと俺は思うのだ。

喧嘩するほど仲が良いって言葉もある。前向きな喧嘩なら大歓迎ってものだ。降って地固まるって言葉は嘘ではない。

雨、降らせてやれば良いんですYO!

まだ梅雨だしな。

本日はこんなところで。また明日。

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