今年も残り365日!新年の抱負と挨拶と…面倒くさいお願いと。

未来拓く、みうらひらくです。
今年もあと365日になりました、みうらひらくです。

記憶から消えていましたが高校生の頃、そんなことを年賀状に書いていたようです。

昨年の大晦日(って、昨日の話ですが…)に24年前の年賀状に使った版画をみずから晒したことで、自分の中ですら忘れていた恥ずかしい記憶を思い出させてくれた同級生がいました。嬉しいエピソードと共にSNSでコメントをくれたことに感謝しています。

大晦日に年賀状より大事なお願いを全ての人に!来年よろしくマ!

2018-12-31
そう、1年は365日しかありません。

年を重ねるにつれて早く過ぎ去るように感じられる1年…1日についても同じことです。今年2019年4月には、地域の未来を占う上で…いや、占うなどという不確実な表現では足りない大きな節目となる選挙が行われます。

地域の未来を決するとき、非常に大きな意味を持つ統一地方選挙。

自分にとっても、この数年間の思いを試される戦いであり、決して負けられない後のない勝負です。

一年の計は元旦にあり。

現在2019年1月1日、正午になろうとしています。元旦が元日の朝を意味するなら元旦ではありませんが…ずっと考えていたことを宣言しておきます。

今回トップを目指します!1度失敗した者が何を馬鹿な…また口だけの大風呂敷を広げおって…。

そう思われる向きもおられるでしょう。実際、簡単な話ではないことは重々承知しております。

それでもなお、そこを目指す理由があります。

私は現状は決して好ましい状態ではないと考えております。そこに強い変革の意志を持って飛び込んでいく以上…よしんば滑り込みで入り込めたとしても、数が物を言う現場において存在感を発揮することは極めて難しいでしょう。だからこそ、圧倒的に多くの民意に支えられているという誰の目にも明らかな証が必要だと思うのです。

みうらひらくには、こんなにも多くの支援者がついている…無視するわけにはいかない。
そう思ってもらえるだけの数字を獲得することが出来なければ、自分が訴え続けている理想は絵に描いた餅に過ぎません。

餅は大好きだけど、どれだけ上手に書いたところで絵を見ても腹は膨れません。

理想がどれだけ素晴らしくても、実現できなくては絵に描いた餅と同じなのです。政治は面倒くさいものです。

自分の発信する内容は、SNSでいいねと思ってもリアクションが取りづらいとか…拡散したいけど見られたくない人もいるから抵抗があるとか…そういう声をよく見聞きします。

そうだろう…そうだと思う。

実際にそうなのです…だから現状は仕方ない話です。

ただそれは自分の発信手法や表現による問題が超大きいハズです。今年は発信の仕方もより一層洗練し、またさらに多様化を進めていきます。

その上で皆様へのお願いをさせてください。

自分の発信内容等の拡散にご協力いただきたいのです。一歩踏み込んだお力添えをお願いしたいのです。

現状に不満があるのであれば、不安を抱えているのであれば、今回だけは自分に賭けてみてほしいのです!

今まで何度も期待の票を投じても何も変えられなかった多くの政治家ヅラした者たちとの、圧倒的な違いを実感させてみせます。

4月にはもちろん、改めてお願いさせていただくことが出てくると思います。ただそれまでも、具体的に次から次へとお願いをさせていただきます。

ハッキリ言ってそれは、皆様の側からすると非常に面倒くさいことかもしれません。先日こんな話を聞きました。

ご無沙汰している先輩に、選挙のお願いをさせていただく電話をした友人がいました。

「こんな時だけ連絡してスミマセン!」

そう言った友人に対して、先輩が言った一言に超シビれたのです。

「こんな時だからこそ電話してきたんだろ?」

マジか…!先輩はもちろんカッコイイ。そんな男になりたいと強く思いました。

だが今の俺にとって見習うべき人間は、もっと身近にいたのです。いざという時にこういう風に言ってもらえる友人は、それだけのことを言ってもらえるだけの関係を築けていたということ。

彼がキチンとした人間であったからこその必然の結果です。

2019年の俺も、いや…これから先ずっと、そう思ってもらえるような人間であるべく努めます!今年は皆様にお願いさせていただくことが今まで以上に超多いハズです。

できる限りで構いません!

お力添えを賜りますようお願いいたします。

当然ながら自分自身が率先し、協力してやろうと思えるような活動をわかりやすく精一杯行っていくことをお約束して…新年のご挨拶と抱負とさせていただきます。

今年もよろしくマ!

本日はこんなところで。また明日!

三浦 ひらく

三浦 ひらく -PROFILE-

1978年岡山県津山市生まれ(41歳)。
大学進学を言い訳にミュージシャンを夢見て上京し、東日本大震災を機に政治を志し帰津。2015年津山市議会議員選挙に出馬。しがらみのない政治の実現を目指し挑むも次点にて落選。その後岡山県鏡野町にて自治体の魅力発信や交流人口増加のための事業に携わる。2018年末よりあたらしい党に参加し、郷土の未来を切り拓かんと奮闘中!

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