大切な人なら目に見える!思いやることで僕らは平和に近づける。

未来拓く、みうらひらくです。

早速ですが本日は私のオススメ書籍を一冊。さすがに揺り籠から墓場まで…とはいかないかもしれませんが、子どもから大人まで誰もが楽しめる、それでいて深い話。

そう、星の王子さまですYO!!

超ベタなんですけど〜。

…って声が聞こえてくるこの一冊は、俺にとってのバイブル的書物。どのページをめくっても名言の一つや二つ転がっていて、それでいてストーリーも超絶に素晴らしく、行間を読む能力や想像力、創造力すら養える書物だと思っております。

読んだことがない人は、本当に読むべきです!!

さてバイブル…つまり聖書といえば、それこそ世界一読まれている書物。別にキリスト教徒でもない…どころか基本的に無宗教の私ですが、一時期は聖書もよく読みました。新約聖書のマタイによる福音書の中に、いわゆる黄金律という有名な一節があります。耳にしたことがある人は少なくないでしょう。

『人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。』

相手の立場に立って考えろとか…よく聞く話ですよね。そういう教訓も、おそらく黄金律がベースになっているのでしょう。他にも聖書には色々と示唆に富む内容が散りばめられているわけですが、ずっと覚えている内容はコレくらいのものですな…うむ、何という不信心。

『おのれの欲せざるところは人に施すなかれ。』

こちらは論語の中の孔子の言葉。黄金律とは逆のアプローチですが、これもまた言わんとするところは同じでしょう。

イエスにせよ、孔子にせよ、宗教的見地から離れて考えても…事実、言うまでもなく超偉人として世界的に名前の知られた存在です。そういった人たちが遺した教えに共通する、他者を思いやる気持ちがどれだけ大切なことか…私たちは本当に理解していると言えるのでしょうか。

ぶっちゃけると、完全に理解することは難しいのかもしれません。

宗教の力を否定する気はありません。その影響力は世界中に浸透し、ありとあらゆる出来事の根底に潜んでいます。戦争や国家の成立さえも、元を辿っていけば宗教が絡んでいるケースは少なくないわけです。

それゆえに、宗教の話は政治の話同様…いや、それ以上にセンシティブな、つまり扱いに大変な配慮を要する話題の一つです。

俗に3Sという…避けたほうが良いとされる話題(宗教、政治、スポーツ)の中でも断トツで危険な話題であることは、宗教に比較的寛容といわれる日本国内においても間違いないでしょう。

政治やスポーツ絡みで命に危険が及ぶこともあるでしょうが、宗教が絡むと命の重みが忘れられたかのように悲惨な出来事が起こり得ることは歴史が証明しています。そういう意味で、宗教は究極の諸刃の剣と呼べるかもしれません。心に平穏をもたらし…たとえば平和の実現といった大きな目標に対しても力となり得るでしょうが、その代償として大変なリスクを伴うことは間違いありません。

語彙が乏しいため、極めて不適切…不信心な表現になりますが、手段として捉えたとき、個人的に現時点では宗教よりも政治の方が社会状況変革のためのコストパフォーマンスが良いと感じているのは事実です。ただ、政治においても宗教同様に、他者を思いやる気持ちの大切さは決して忘れてはならないと思うのです。

”他者に対して、自分がされたいように接し、自分がされたくないことはしない。”

先述した黄金律と孔子の言葉をまとめると、こういうことになりますよね。非常にシンプルな戒めですが、大切なことが詰まっているのではないでしょうか?

星の王子さまの一節に、あまりにも有名な言葉があります。

たいせつなことはね、目には見えないんだよ…。

この言葉から多くの物語が生まれています。私自身もかつて音楽の世界でクリエイティブな作業をするにあたって、インスピレーションを何度も貰ったものです。一つの真実を見事に表現していると思うのです。

だがしかし。声を大にして言いたいことがある。

たいせつな人はね、目に見えるんだよ!!

自分自身よりも大切に思えるような人間がいるなら、それはとても幸せなこと。超ラッキーといってイイ。大切な人が自分自身でもイイと思う。何なら人じゃなくたってイイって思いますぜ!!

目に見える大切な存在は誰にでもあるはずで、そして実感できるはずです。

想像力を働かせるのです。その大切な存在に対しての気持ちを、他の誰かと接するときにも、何分の一かでも持てたなら…きっと世界が少しうまくいくんじゃないかなぁ…と妄想しているわけです。

それではまた明日!!

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