純情な感情は空回り。偽善上等…それでも世界は回り続けるのだ!

未来拓く、みうらひらくです。

ボランティアって何だろうね。

辞書にはこうある。

コトバンク
デジタル大辞泉より

ボランティア(volunteer)

《志願者の意》自主的に社会事業などに参加し、無償の奉仕活動をする人。「―で日本語を教える」「―精神」

見返りを求めたら、それはもう無償の奉仕活動じゃない。

でもさ、それって精神的な部分でもそうなんだろうか??

全ては人のやること。

ボランティアを行う側も人間だってことです。

どれだけ無心に相手のことを考えて行おうと努めたとしても…邪険に扱われたりしたら、継続する気が無くなっちゃう。

そういうことがあるのは、俺は至極当然だと思う。

「綺麗事ばかりじゃ世の中は回らない!!」ってセリフはよく見聞きします。

同様に、人の感情を無視して世の中は回らない。

裏を返せば、感情が世の中を回している部分は少なからずある。

極論ですが、殺人

”の代表選手であります。

それでも実際…様々な例外(戦争・死刑etc…)が存在するのは事実。

ただ、殺人という結果を生み出す思考プロセスですが…殺意を抱くこと自体は犯罪ではない。

裁判では殺意の有無は焦点になりますけど。

コイツぶっ殺してぇ。

そう考えること自体は罪に問われることではないのです。

感情が豊かなことって””であるように言われがちじゃない??

喜怒哀楽、感情の起伏が激しければ…極端な怒りや哀しみの結果として、殺意が生まれることは十分考えられるし、それは現実に起きている話です。

人間は理性だけでできているわけじゃない。

感情により暴走してしまうこともあるという前提を無視した考え方には無理があるってこと。

だからこそ、ルールや制約の必要性が生まれてくるのです。

たとえ押し付けの善意に見えても…押し付けられた当事者の気持ちがわからない限りにおいては、第三者がグダグダ口を出すのは見苦しい。

自身に直接の利害関係が及ばない…安全地帯にいる人間は何だって言うことができる。

想像力はこうした際に非常に重要です。

しかし想像力を働かせることしかしないとしたら、それは空想や妄想になりうるってこと。

そこはそれこそ、想像力働かせればわかるよね??

何事も実際やってみること、体験してみることが非常に大切だってことです。

当事者になってみろ

一度や二度、ちょっと体験をしてみただけで本当の苦労はがわかるものか(キリッ)!!

そんな声も聞こえてきます。

…アホなの??

当たり前じゃん。

そのまま、そういう趣旨の発言をする人たち全員に返しますわ。

ねぇ、じゃあ何回したら良いの??

問題解決を本気で願っているのなら、手段や主体、その姿勢に文句付けている場合じゃない。

可能性の目を、潰すなよ!!

偽善だって立派な善だと、俺は思うけどね。

そんなの言葉遊びだろ。

打算無しの善なんてあるの??

感情を否定した先にある(?)明るい未来なんてクソ食らえです。

…おっと、また汚い言葉を使ってしまったぜ。

取り乱しまして失礼。

それでは本日はこんなところで。

また明日!!

三浦 ひらく

三浦 ひらく -PROFILE-

1978年岡山県津山市生まれ(42歳)。政治を面白くする心意気でブログやYouTubeで取り組みを公開中。LINEスタンプも好評発売中の相棒ひらくマと、世界をより暮らしやすく楽しく変えるための活動に日夜ハゲむ。選択肢の多い社会実現を目指す岡山県津山市議会議員(1期)。政治も手段の一つ。地域振興、観光、マイノリティー支援。表現の自由。インフルエンザ脳症撲滅。

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