未来拓く、みうらひらくです。
嬉しい楽しい大好き、みうらひらくです。
誰だって、嬉しいことや楽しいことは大好きだろう。ただそれも…悲しいことや腹立たしいことがあってこそ感じられるメリハリだとも思える。
生きていると色んなことがあって、感情が上がり下がりするわけだけど…山あり谷ありじゃないと、実は楽しくもないんじゃないかって話。凹むことはもちろんイヤだけど…嬉しいことばっかりでも笑顔が続かないんじゃないかってことだ。
現実にはアガることばっか続くなんて人生は有り得ない。だからこそ人はずっと笑顔でいることはできない。それでも笑顔を続けようと頑張る人もいる。世の中には無理して笑わなくてはならない時があるのだ。
笑顔を作ることが仕事の一部である人もいる。色んな笑顔があるが…多くの場合、作り笑いほど誰も得しないものはないだろう。
心から笑えた瞬間は最近いつあった?腹を抱えるほどに笑い転げることは少なくても、思わず笑顔が溢れてしまう…そんな瞬間があったなら、その時はきっと幸せな気持ちだったはずだ。そんな時間が続けば良いと思うのは自然なことである。
それとは対照的に、無理して笑った瞬間は間違いなく不幸である。それは笑った本人だけではない。周囲の人間誰もが結局は不幸になるのだ。
空気を読んで愛想笑いをせざるを得ない瞬間…そんな時に冷たい目と嘲笑を浮かべるような人間の方が正直で、個人的には好感が持てる。俺の周囲の心許せる人間は総じて作り笑いが下手か全くしないレベルの連中だ。
そういう人たちを笑顔にさせることは簡単ではない。俺はお笑い芸人じゃないが、人を笑顔にさせることにはやっぱり注力したい。大切に思えるような人たちと心から笑いあえるような時間を共有したい。そういう思いで動いているのだ。
結局大切になるのは好感が持てるか否か。第一印象が大切だとはよく言うが…そこで失敗したとしても、笑い合える関係を築くことは決して難しくない。正直であればの話だが。
政治家連中の笑顔には総じて、全くもって真実味がない。
いくらSNSやポスター、TV等で笑顔を振りまいても何も伝わってこない。逆効果になることはしばしばあるけど。笑顔の理由がわからない、正直さがない…そのあたりが原因だろう。
喜怒哀楽という単語を構成する漢字の中で、喜と楽は共に笑顔を想起させる。怒りや哀しみより笑顔が求められている証左かもしれない。しかし無理やり笑顔を作ることには違和感がある。無理やり笑う必要はないのだ。
笑う門には福来たると言っても、無理やりの笑顔で呼び寄せられる福などそれなりのもの。自然な笑顔が呼び込む福こそが幸せであり、本来そこの順序は逆であるのは誰もが認めるところだろう。笑顔が溢れる助けとなるような社会を作ることが政治家の務めであり、笑うのはその後でいい。
現実には笑っていないと文句言われたするわけだが。
つかそもそもコレは政治家の写真ですらなかった。
本日はこんなところで。また明日!