政治を志した3.11は、命の大切さと人の尊厳とを考える1日。

未来拓く、みうらひらくです。
東日本大震災を機に生まれ育った津山へと帰ってきた、みうらひらくです。

本日のアイキャッチ画像は小学生の頃に住んでいたところの近くから見える、津山市のある風景。天気が良かったらもっと良い写真が撮れたんですけど…またトライしようかな。

あの地震がなかったら…無意味な仮定ではありますが、そういう意味で人生に多大な影響を受けた人は多いはずです。特に当時、揺れの大きかった地域に住んでいた人ならなおさらでしょう。

当ブログを書き始めてから3年3ヶ月、4回目にして初めて…3.11に震災について触れませんでした。

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2019-03-11

しかし、だからと言って…おかげさまで雨天にもかかわらず多くの方にお越しいただいた後援会事務所”拓き”の現場でもお話させていただいたように…政治を志す出発点となったあの日のことを忘れられるはずがありません。

でも、忘れる自由もある。

忘れようとする自由もあるのです。

震災以上に辛いことがあった人だっていくらでもいるわけです。人それぞれ抱えている事情は異なるのです。毎年書いていますが、3.11が誕生日の人だっている。

現在の自身の環境と全く同じ状況にいる人間は、世界中どこにも存在しません。つまり、あなた自身と同じ人間はどこにも存在しない。

要は自分は自分なんだってこと。

実はそれと全く同じことなのに…ともすれば忘れてしまいがちになることがあります。

自分自身が自分自身であるのと同じように…誰かもまた、誰か自身であるということ。

自分自身を尊重してもらいたいと願うのは誰であっても同じことだと、みうらひらくは考えています。

ライフスタイルの多様化した時代。求めるものも人それぞれで、利害関係が対立することも多々ある。そんな中、それでもなるべく多くの人が幸せを感じて生きていくためには、選択肢を増やしていくしかありません。それこそが私の最も重視する施策です。

だからこそ”〇〇すべき”というような強制はなるべくない方が良い。

もちろん社会秩序を守っていくためにある程度の枠組みは必要です。しかし思想・趣味志向など内面的、精神的な部分においての強制は決して望ましいものではないと思うのです。

そしてお気付きの方もおられるでしょう…この考え方もまた、私自身の思想であり願いです。誰かに強制できるようなものではない。この考えが正しいのだ、と強いてしまったらその時点で、私自身もまた同じ穴のムジナになるのです。

”〇〇すべき”という強制こそが、社会をより良くすると信じる考え方もあるでしょう。そう信じる人たちはその道を行けば良い。だが、それを他人に強要するのはやはり好ましくないと私は感じます。

自己決定権は当然、自己が持つもの。

そこを履き違えてしまうことがないようにと考えを突き詰めると…やはり教育に行き着くという話を、尊敬する友人とした2019.3.11。

今年は震災発生時に黙祷を捧げることをしませんでした。同じ思いでいるつもりでも、時とともに少しずつ薄くなってしまうことは否定できません。

変化は夢なんかじゃない。

変わりやすいものだからからこそ、変わらないことに意味がある。しかし変わることもまた、悪いことではないのです。

前を向いて進んでいくためには、変えてはいけないもの…守っていくべきものと、変えていくべきもの…もっと大切な何かを守るために変化あるいは打破していくべきものがある。

みうらひらくは、そう考えています。

今の自分にとっての3.11は…改めて命の大切さ、人の尊厳について思う日になっているのです。初心を大切に進み続けます。

本日はこんなところで。また明日!

三浦 ひらく

三浦 ひらく -PROFILE-

1978年岡山県津山市生まれ(40歳)。
大学進学を言い訳にミュージシャンを夢見て上京し、東日本大震災を機に政治を志し帰津。2015年津山市議会議員選挙に出馬。しがらみのない政治の実現を目指し挑むも次点にて落選。その後岡山県鏡野町にて自治体の魅力発信や交流人口増加のための事業に携わる。2018年末よりあたらしい党に参加し、郷土の未来を切り拓かんと奮闘中!

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