自宅横道路が崩落した友人宅のその後。結局誰が良い仕事したの?

未来拓く、みうらひらくです。
行動しない奴の言葉は右から左へ抜ける、みうらひらくです。

考えるより感じろってのは持論でもある。書を捨てて街へ出るのも同じことだ。案ずるより産むが易しとか、思い立ったが吉日とか、習うより慣れよとか…要するにサッサとやっちまおうってこと!

考えることは確かに必要で、慎重さが求められるシーンも当然ある。

血の小便が出るほど考えても良いわけだけど…ハゲるぜ?そして何よりも大切なことは、時間には限りがあるってこと。

考え続けている主体である自分自身も、あっという間に老いて死ぬ。考えることは大切だが、ずっと考えていられるようなテーマは少なく…ますますスピードが重視される世の中になってきている。もはや10年ひと昔なんて完全に過去の遺物だ。私たち人間は、考えていることの結論を出す速度も上げていかねばならないのだ。

そもそも俺のような輩が政治なんて道を志したのは東日本大震災がキッカケだった…って話は以前にも何度か書いた通りだ。

みうらひらくの自己紹介的千夜一夜物語…第一夜のテーマは『私が政治の道を志した理由』

2016-01-24

その俺にとって、今回の大雨による災害は…単に悲劇で済む事件ではない。あの震災を経験した自分は、3月11日が来るたびに実際に自分に何ができるかと考え、かつて覚えた無力感に打ちのめされるのはもうゴメンだと思いを新たにし、行動することの大切さを思っていた。かつての震災に際し、俺は寄付以外には何もしなかった。

今回、岡山県には非常に大きな被害が出ているが、俺の居住地の津山市がある岡山県北部は南部に比べて被害規模は小さい。ただ、身近な友人の自宅が津山市内でも目立って特に危険な状態になったため、当ブログでも取り上げた。

誰か助けてください!被災者の声を聞け。不安が不満に変わる時。

2018-07-10

仕事の早い人と遅い人…そして仕事をしない人。君は誰を選ぶの?

2018-07-11

上記の2つのエントリーを非常に気にしてくれた人が何人もいた。具体的な支援を申し出てくれた人も複数いた。俺自身も感謝しているし、もちろん友人からもお礼の言葉が届いている。おかげさまで一応の目処が立ったため、経過報告を書いておく。まず本日のアイキャッチ画像の通り…大変迅速に工事を進めていただいたおかげで、崩落していた道路はとりあえず応急処置を完了!避難中だった友人ファミリーは、昨日から無事自宅に戻ることができている。

今回、俺が騒いだことに効果があったのかどうかは不明だが…問題を直轄する岡山県に対して物申すことができる立場にいる岡山県議会議員の方が動いてくれた意味はあったと思いたいところだ。

裏話…ってか、このご時世そんな話を隠しても仕方ないので明かしておこう。

国会議員の方まで見に来たそうだ。お忙しいのは当然ちゃ当然の話だが…数分だけいて帰ったらしい。

まぁ書けることと書けないことがある。これこそが”忖度”ってやつ(正直、俺にはナイが…多くの人が関わった相手のあることなので)。

安倍総理の岡山視察も話題になっていた。

安倍首相が岡山の被災現場視察 避難者に「生活支援」

誰が見に来ても良いだろうし(見られることはストレスでしかないけどね。知らない人たちが自分の家に大勢で来て、勝手に写真撮ったりして帰っていくなんて…想像しただけでも最悪じゃない?)、誰がどんな風に動いても良いけど…ともかく早く元どおりにして欲しい。生活できる環境に戻して欲しい。

それだけが友人の願いだった気がしている。

それにもかかわらず、実際は色んな人たちの仕事の”ネタ”にされたように見えた。

それでも結果が最速で良い方向に進むならそれで文句無し。多くの人たちは精一杯職務に邁進しているのだろうと思いたいところだが…実際そーでもないんだなという現実を色々な意味で実感することになり、ますます政治の世界へと飛び込む必要性を強く感じている今日この頃なのだ。

本日はこんなところで。また明日!

三浦 ひらく

三浦 ひらく -PROFILE-

1978年岡山県津山市生まれ(41歳)。
大学進学を言い訳にミュージシャンを夢見て上京し、東日本大震災を機に政治を志し帰津。2015年津山市議会議員選挙に出馬。しがらみのない政治の実現を目指し挑むも次点にて落選。その後岡山県鏡野町にて自治体の魅力発信や交流人口増加のための事業に携わる。2018年末よりあたらしい党に参加し、郷土の未来を切り拓かんと奮闘中!

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