未来拓く、みうらひらくです。
こう見えて意外に礼儀正しい、みうらひらくです。
たまにマナーチェックとかのテレビ番組見ると、自分のマナー知らずっぷりに固まっちゃうわけです。見てもすぐに忘れちゃいますけどね。
細かい礼儀作法なんて、正直きちんと知らないって人の方が多いのではないでしょうか。それこそテレビでも〇〇流のセンセイとかがチェックしていたりして、結局主観じゃんって感じるのです。マナーなんて要するにケースバイケースってこと。
ところで、多くの議会の傍聴席では帽子は脱がなくてはなりません。津山市議会でもそれは例外ではなく、以前連れが帽子を被ったまま傍聴していたところ、スタッフの方が来られ脱帽を指示されました。なぜかとの問いに対しては規則であるとの答えで、なぜそうした規則があるのかという問いに対しては全国的にそうした慣習になっているとのことでした。
つまりマナーの問題?
ちなみにオシャレタウンとして全国にその名を轟かす神戸市議会では帽子どころか、コートやマフラーの類も禁止です。オシャレの問題じゃなく普通に寒いじゃんって思うけど、そこも全てマナーの問題で、冬場はガンガンに暖房入れますよってか?
帽子やコート、マフラーの類の着用を禁止する規定がなぜ必要なのか?正直なところ自分には必然性が感じられません。上記リンク先の記事にあるように”議会は厳正な場所”だからダメだと言うのでしょうか。
え…帽子を被ったら厳正な判断ができなくなるの?
なぜコートを着ていたりマフラーを巻いていたらダメなのでしょう。暑いも寒いも個人の感じ方ですし、体調にもよります。マナーだとしてもケースバイケース、それこそ主観による判断で構わないのではないでしょうか?
全国的にこうした古い慣習が共通して残っている理由は、かつて大日本帝国憲法下で傍聴が”恩恵”と捉えられていた名残だという説もあります。その説のトップランナーである琉球大学の高良鉄美教授は、沖縄県議会へ傍聴に出かけた際に脱帽せず傍聴を拒否られて以来、人前に出る際には帽子姿だそうです。
沖縄から見た平和憲法 ~万人(うまんちゅ)が主役~(講演の文字起こしなので超長いけど、最後の方の”終わりに”のくだりをご参照ください。)
時代は変わっていきます。その流れに過敏になり過ぎるのはイカン、守るべきものがあるはずだと言う主張には完全同意します。流されるだけではダメでしょう。飲み込まれてもいけません。
波には乗りこなす積もりで向き合いたいと思うのです。
不合理な慣習は、廃止してしまう自治体も出てきています。津山市議会では傍聴の際に受付で住所氏名を記す必要がありますが、確認しようがない。つまり嘘を書いてもバレません(書いたことないけど)。無意味でしょ?無駄にハードル上げているだけ。
帽子その他の着用禁止はもちろん、受付簿の廃止(そもそも何のために記載させるのか…意図すら不明)も時代の流れに合ったニーズではないでしょうか。
取り残されて良いの?
ガラパゴス目指して独自の生態系築いていきましょってくらいに吹っ切れたら、それはそれで人集まると思うし、世界にその名を轟かすことができるでしょうが…現状は超中途半端に思えるのです。
あ、カツラは帽子に含まれないの?
本日はこんなところで。また明日!