未来拓く、みうらひらくです。
津山市議会議員、三浦ひらくです。
一昨日の市民公開講座への登壇もそうですが…臓器提供の意思表示啓発など、移植医療の推進にかかる活動は、インフルエンザ脳症に罹患して5歳で亡くなり、ドナー(臓器提供者)となった我が家の世界一可愛い娘、愛來(あいく・愛称くーちゃん)の父親としてだけでなく、津山市議会議員としても、大切な取り組みの一つであると考えて動いています。
津山市議会でも取り上げたことがありますが、人口比率などを考えて、津山市内にも移植待機中の方はおられると考えるべきでしょう。

この質問を議会でさせていただいた令和3年12月よりも現在の国内総人口は減っていると考えられる中で、移植待機中の方の人数は増えていきているのが実際のところです。上に貼り付けたように令和3年10月末時点での移植希望登録者数は15,304名だったわけですが、令和6年9月末時点での移植希望登録者数は16,452名となっています。
こうした状況が何を意味するでしょうか?
そして、人数を数字にしてしまうと全ては単なるデータのように感じられるかもしれませんが…実際にはその一人ひとりには必ず、くーちゃんと同じように名前があって、そしてそれ以上の数の家族や周囲の方々がいて、私が娘を愛するように、それぞれの思いがあるわけです。
だから私は最近、講演の際に人数を〇〇人ではなく、〇〇名と表現するようにしています。
正直ついつい、大きな問題を議論していると、個別の事案をないがしろにしてしまいそうになったり、お金の単位が日常生活とかけ離れたところの話になってきて、感覚が狂ってしまいそうになることもありますが…大事の前の小事という感覚で、小さな声を切り捨てることはやはり基本的にはあってはならないと、基礎自治体の議員の一人としては思うところなのです。
もちろん私たちにも天下国家を論じる姿勢はあって良いとは思いますが、だからと言って一人ひとりの幸せを踏み躙って良いわけはないし、津山市も岡山県も日本という国も、あくまでも一人ひとりの人生が積み重なった集合体だと私は考えているのです。
ニワトリとタマゴの議論ではありませんが…市や県、国と人、どちらが先かと問われれば…迷わず人と答えます。

もちろん、ときには大局的な判断が必要となる場面もあるでしょう。利害関係が対立する人同士が同じ自治体に暮らしていることもあるわけで、全ての人たちの望みを100%聞き入れていくことなど現実には不可能ですから。ただ基本としては、そういう姿勢で、市政に取り組ませていただいているのです。
津山市のためにとか日本のために…とか言いますが、それはつまり、その中に住んでいる私たち一人ひとりのためであるべきなのは当然ですからね!
じゃなきゃ…俺らは例外かよってなっちゃう。
誰一人取り残さないとか、全ての市民、国民などといった表現を恥ずかしげもなく使うのであれば…示すべき姿勢があるし、口先だけでなく、予算では費用を、決算では効果を示せるような取り組みが必要だと考えています。
本日はこんなところで。また明日!