負け犬の遠吠え?プライドを捨て選挙の敗者が取るべき唯一の道。

未来拓く、みうらひらくです。
カッコ良く見せようとして成功した試しがない、みうらひらくです。

昨日のエントリーに対して、選挙で敗れた者は潔く去った方が美しいというご意見をいただきました。

津山市が本当に望んでいること。現市長と前市長は手を取り合え!

2018.03.09

説得力がある見解だ。

確かに去り際の美学みたいなものはありますね…晩節を汚すのは特に日本では嫌われるって話をどこかで読んだような気がします。敗者にムチ打つような真似は止めておきなさいと諭してくれた方もいました。

いずれにせよ、老兵は去るのみってところか?

世界には若者が台頭していく。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。

2018.02.18

理屈として通っているように思われる方がいるであろう主張ですが、私の考え方とは異なります。

選挙を目的視し過ぎていると感じるからです。

当ブログでも繰り返し主張してきているように選挙は非常に重要で、その結果は決して歪められるべきではありません。

結果が全てです。

ただ、それでもなお選挙はただの手段であるべきで、そこで勝つことが目的の全てになってしまっては本末転倒だということ。実現すべき政策地域への思い…そうした選挙に挑むキッカケとなったモチベーションは、敗れてしまったからといって失われる種類のものなのでしょうか?

私自身の経験に鑑みてみれば、それはどうしても納得できません。

橋下徹元大阪市長が大阪都構想の信を問う選挙に敗れて去った際も、引退せずとも…という意味で違和感を覚えたことを思い出します。引退よりもやるべきことがあったのではないかということです。

まちを変えたい、新しい風を吹かせたい…そうした気持ちが本物であれば、選挙が終わろうと仕事は山ほどあるはずです。

むしろ選挙が終わった後の方が重要であるはず。立場や出来ることの範囲が変わることはあるでしょうが…議員になれなかった、市長になれなかったからといって、やりたいことまで変わってしまうのでしょうか?

選挙で落選したからといって…ちっぽけなプライド紛いの意地を張って、選挙前の威勢はどこに行ってしまったのかと感じられるくらいに奇妙なほど沈黙してしまう連中は、恥ずかしくないのだろうか?

負け犬の遠吠えでも何でも良い。多くを語るべきだと思うのです。

敗戦の将は兵を語らずと言いますが…皆、聞きたいだろう?

興味本位であっても良いじゃないか。上等だ!

プライド持ってるならむしろ、それを示すべきなのは落選後でしょ!

当選した後は、むしろ黙って仕事優先だ。興味を持ってもらえるウチが華ですし、落ちちゃった俺を反面教師にしろってことでも良いと思っております。負け戦がコレから先に誰かのために役立つなら、それって最高じゃないですか!

落選者の集い、生放送やったら面白そうですねって声が届いております。

選挙がある度に落選する人間が出てくるわけです。やる気がある人はお声掛けください。

ネガティブな要素をポジティブな笑顔と未来に繋げられる会、プロデュースしますYO!

誰も落選なんてしたくないけどなッ!

だからこそと言うべきか当選した方々の声はいくらでも聞く機会がありますが、落選した人たちは消え去りがち。だからこそ、稀少性が高く価値があるのです!

俺が挑んだ際の津山市議会議員選挙なんて32人出て28人受かっているのだぞ…実に87.5%の人が当選!

落選候補は残り12.5%のマイノリティー!

俺以外の人たちは今、ドコで何をしているんだ…。

俺は現在、津山市の隣町である鏡野町で町のプロモーション事業に関わらせていただきながら、津山市長に絡んでいったりしつつ…この地域を盛り上げるために、相変わらず元気にやっておりますYO!

アイツ生きてんのって話になった際には、みうらひらくは元気の塊ですとお伝えただけると幸いです。

それでは本日はこんなところで。また明日!

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