『政界版裁判員制度』を考えてみたら、収拾がつかなくて政界崩壊するだろうという結果になった。

未来拓く、みうらひらくです。

先日のエントリーの中で、司法制度について少し触れました。
ダメなものはダメと言える社会の実現。昔からの変わらぬ願いは、きっと間違っていない。

このエントリーに関連して、司法は三権の中でも最も独立性が高い(と期待される)権力であるべきで、時に民意から離れた結論を出すことは制度上必然ともいえるという話を、歴史的背景等を含め、わかりやすく説明してくれた学者っぽい友人がいます。

こういう話をもっと面白くできるようになれば、少しは目指しているところに近づけるわけですが…難しいです。

ま、池上彰先生を目指しているわけでもないけど。

誰かと話しているときに、頭が整理されて…その流れで素晴らしいアイデアが生まれたり、理解できていなかったことを突然パッと理解できたりした経験は誰もがお持ちでしょう。

建設的な内容を真剣に話せる相手と会話している際や、当ブログを書いている間などの…いわゆるアウトプット的作業をしているときに、私にはしばしば起こります。

本日、その友人との会話の中でようやく自分自身の抱える矛盾を解消できました。

私は直接民主制に魅力を感じている一人ではあるのですが…完全なる直接民主制を日本において導入することは、良い結果を生むとは考えづらいということです。

総合的に勘案すると、まぁそうなる。

司法の世界でのパラダイムシフト、裁判員制度が導入されたのは2009年でした。

政界に一石どころか何石も投じまくった…と過去形で表現するのもはばかられる小泉純一郎元総理。
その内閣に設置された司法制度改革審議会によって大枠が定められたこの制度は、今までプロのみによって扱われてきた裁判に、対象裁判ごとに無作為に選ばれた素人を参加させ、プロである法曹三者(裁判官、検察官、弁護士)と共に量刑まで判断させるという画期的な手法でした。

アメリカやイギリスなどの陪審制とは量刑まで判断させるという点に相違があり、フランスやドイツで採用されている参審制とは参審員が任期制である点で大きく異なる、日本独自の制度といえるものです。

単純に”結構イケてるじゃん”って思うのも確かなのですが…さらに踏み込むと裁判官も要らないんじゃないのってなるわけです。
で、これを政界にそのままブッ込んだら…選挙って必要なくない?って話も出てくると思うわけです。

民意を徹底的に反映させる方向に突き詰めていけば、それこそ無作為に抽出した人間が決められたテーマを議会で話し合えば良いんじゃないのって話も(乱暴だけど)成立する。

さすがにこれはナイ。

大いに民意を尊重すべき、世論を反映すべきであるとは考えていますが、それでもやはりプロフェッショナルの存在は必要だと考えます。

昨日書いたように職業によって不当な差別はあってはいけませんが、三権といわれるような国家や地方自治体の存続に直接関わってくる種の仕事においては、その目的遂行のためにプロフェッショナルの存在が必要不可欠になることは言うまでもありません。

専門的知識が必要になることはもちろん…本気で取り組もうとして片手間で済ませられるような仕事ではないでしょうし、そうあるべきではないといえるでしょう。

何度も当ブログで書いてきているように、その世界の専門家だけで閉鎖的な社会を作り上げることには問題があります。

ですが、政治の世界の仕事を全て素人に任せる…裁判を全て素人に任せる、そのリスクはほとんど犯罪級です。

ま、プロフェッショナルでない人間はクビでいいと思うけどな。

いや〜、推敲の時間があればまだ良いけど…ぶっつけ1500文字縛りはキツイな。
続きは次回。

また明日!!

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